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2009年3月

2009.03.18

超自然な生き方

この間学生時代の友人たちと久しぶりに集まった

そのうち何人かは子供もすでに産んでいて、生まれたてのほやほや児を連れて来ていた  そのほやほや児はベッドにごろんと寝ていて、代わる代わる話しかけにくる女子たちにあやされていた 横でみんなでワインを飲んで食べたりして騒いでいたわけで、ふと気づいてちらっと見たら、そのほやほや児も一緒になって食べたりまた寝てたりしている  そしてなにかをじっと見てたりする  なんかそれがとても面白かった ただそんなことをしているほやほや児は、自然で   今まで漠然に、子供ってもっとふわふわしている不自然なものなのかと思っていた  もしかしたらわたしの友達が特別な育て方をしているのかもだけど (多分、してない)  あんな風に自然さが面白く見えたら、なんか、いいなあ~ とふと思う  アンバランスな面白い大人はけっこう周りにいっぱいて、はたから見てたらすごく面白いんだけど、当の本人は結構しんどがったりしてるので  

まあ ”自然な感じ” っていうのが一番むずかしい  変に自然ぶってしまって変にみえるってなりがち  どうがんばってもあのほやほや児には戻れないわけで  ということは やっぱアンバランスにアンバランスを重ね、結果的にそのアンバランスが超芸術的!超自然!みたいになるしかないのかも  楳図 かずおみたいな感じ? なんか自分でも書いていてわけがわからないことになってしまった     とりあえず赤ちゃんを見直して、その流れで自然にまことちゃんを思い出したってことで

http://news.cocolog-nifty.com/cs/catalog/cocolog-news_article/catalog_blog-200903191150_1.htm?s=app.f                                                                                 Cocolog_oekaki_2009_03_18_00_57_2

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2009.03.12

床でも天井でも 枠を超えて

少し最近考えたこと

プロ、もしくはそのプロがした仕事に対して、感嘆の言葉をもらす というのは、変なことなのだろうか?

いわば”プロ”というものは、その道を極め、その仕事を通じて人を感動し続け、その対価として報酬を受ける人のこと   その、”プロ”、もしくは”プロのした仕事”に対して、子供みたいな 「すごいなー」 的な言葉を発するということは、失礼なことなのだろうか? どうなのだろう...いえば、”プロ”が、凡人では想像もつかない業によって最高の出来の仕事をするってことは、いわば あたり前 なわけで...それを重々わかっている上で、そのすばらしい仕事に対しての 「やっぱすごいっすね!」的な発言というのは、やっぱり適切ではないのだろうか?

そのプロの方の表現力で、流れる時間が深くなり、色づき、よく響き、味わい深くなる それは仕事を超えた、ひとつの作品となる     わたしは感嘆の言葉を思わずもらしてしまう

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2009.03.11

遠い記憶に

ところで、人には前世というものがある、らしい   だいたい5つか6つくらいの魂を経て、今に至るとのこと

で、わたしの前世のうち3つは、270年前にインド人の香辛料屋の主人(♂)→165年前にタイの踊り子(♀)→77年前にスペインの仕立て屋の奥さん(♀) だったらしい   信じるか信じないかという以前に、自分のことを言われているのかどうかすらわからないわけで   とりあえず、思い当たるふしを考えてみるが、 あるような?ないような?  そういえば、結構香辛料が好き、とか、踊るとか着るのとか大好き、とか? でもなんかばくっとし過ぎているような気も...   とりあえず、そうだと言われればそうなんだろう、多分

そしてそれを聞いて気づいた  わたしの祖父は、今79歳 ってことは、祖父が2歳のとき、わたしはスペイン人で、どこかの仕立て屋のワイフをとして生きてたってことだ  なんか、すごい   それで最近時々、祖父のことを2歳児を見る目で見たりしてみる   う~ん...可愛くはないが、面白い

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